歯は抜くべきでない

歯は抜くべきでない

抜歯の弊害

矯正歯科治療は、長年の間永久歯が生えそろうのを待ってから、歯を並べるスペースを確保するために歯を抜き、そのスペースに歯を順送りして並べるのが主流でした。
ところが、多くのケースで 歯1本分ほどの大きなスペースは必要なく、あまったスペースをふさぐため歯の並ぶアーチ(歯列)を小さく絞り込む必要が生じます。
その結果、歯の裏側にある舌のスペース(ベロの部屋)が狭くなり、舌は後方および下方に移動します。
それにより舌の後方にある喉のスペースが狭くなり、空気の通り(気道の通気度)が悪化し、呼吸に悪影響を及ぼします。
ベロの部屋についてはこちらをご覧下さい。

歯を抜くことの影響

・ 歯の並んでいるアーチが狭くなり、お口の中に舌が収まりきらず、後方に押し出されて気道が狭くなる
・ その結果、呼吸や睡眠に悪影響が生じる
・ 後戻り現象(再発)が避けられない(せっかく並んだ歯が動いて歯ならび・かみ合わせが乱れる)
ほうれい線が目立つようになる
・ バッカルコリドー(下記)が生じる
・ 抜歯によってできたすき間に無理に歯を動かそうとするため、歯根(歯の根)が吸収する
など、治療終了後に問題が生じる場合があります。

バッカルコリドーとは

笑ったときに上の歯ならびと頬の内側の間(口角付近)にできる、黒い影のこと。

歯を抜いて矯正を行うと歯のアーチが小さくなるので、笑ったときに口角に影が出来る(ほうれい線が目立つ)場合があります。
実際、抜歯後マルチブラケット法での成人矯正治療を行っている美容師さんが
『歯ならびはよくなったが、ほうれい線が目立つ様になったのが気になる』
とおっしゃっているのを、聞いたことがあります。

抜歯矯正の呼吸への影響(論文)

『小臼歯抜歯と切歯牽引がアジア成人および青年期後期の上気道に及ぼす影響』

この研究の目的

成人および成年後期の小児における小臼歯を抜歯したあと前歯を並べること(結果的に奥歯の方に引っ張られて引っ込む)が、軌道の大きさ、舌骨(ベロの下にある生きていくために極めて重要な骨)の位置および呼吸に与える影響を評価すること。

研究の方法

システマティック・レビューという、今回の内容に則した研究を網羅的に検索・収集し、その結果を科学的客観的な根拠に基づいて評価する方法で行った。
上下の小臼歯を抜歯し、前歯を並べつつ後方に引っ込めたヒトの、昨日の寸法・舌骨の位置・呼吸の評価を行った。

結果

研究の基準を満たしたのは9件の論文(全てアジアの研究)であった。
その結果、気道の大きさの減少が報告された研究や、模擬流動抵抗の増加(空気が通りにくくなる)を認めた研究、著しい気道狭窄が認められた研究が報告されていた。

結論

小臼歯を抜歯して前歯を後ろに引っ込める矯正治療は、東アジア人でより頻繁に適応されている。
気道の狭窄をより正確に診査するためには、CT撮影を利用した研究がさらに必要である。
Effects of bicuspid extractions and incisor retraction on upper airway of Asian adults and late adolescents: A systematic review
J Oral Rehabil. 2019 Nov;46(11):1071-1087. doi: 10.1111/joor.12854. Epub 2019 Aug 1.

睡眠障害

気道が狭くなったとき、より強く影響を受けるのが、睡眠時です。
{抜歯 睡眠障害}
なぜなら、仰向けで顔を上に向けて寝ていると、舌が重力に引かれてより後方に移動します。
その結果気道が狭くなり、いびきをかいたり、さらにひどくなると呼吸が止まります(閉塞性睡眠時無呼吸)。
今の子どもたちは、元々気道が狭くなっている傾向があり、睡眠障害に陥っている割合が高くなっている、と指摘されるようになってきました。
睡眠障害は明確な症状を示さない場合が多く、多くの親御さんは気付くことがありません。
たとえば、「うちの子はいびきはかかない」と思っている方にも、「寝てから1〜2時間経ってから確認してみて下さい」と伝えたところ、次回来院時「寝て3時間後に見たらいびきをかいていました」と言われたことがあります。
仰向けに寝ているときしか、いびきは原則かきません。
睡眠障害のあるお子さんの特徴として
・横向き寝
・うつ伏せ寝
・寝相が極めて悪い
などがあります。
これらに当てはまるお子さんは、呼吸に問題があることを疑ってみる必要があります。

抜歯矯正とかみ合わせ

かみ合わせ関連の学会や研究会に出席すると、かみ合わせが悪いことが誘因となり全身のどこかに悪影響をおよぼし、その結果日常生活に支障を来し、仕事ができない、最悪の場合外出さえままならないような症例の発表が行われています。
かみ合わせは皆様の考えておられるより遥かに重要です!
{かみ合わせ}
かみ合わせが悪いと、あごの関節に悪影響を及ぼします。
当院スタッフがかみ合わせの勉強でセミナーに参加した時、あごの関節に問題があった参加者の多くは、歯を抜いて矯正歯科治療を行った方でした。
つまり歯ならびを矯正治療したからといって、必ずしもよいかみ合わせになるわけではないのです。
奥歯のうち、前から4番目〜6番目の歯は、乳歯の奥歯のむし歯を放置しておかない限り、歯ならびが大きく崩れることはほとんどありません。(頬杖などが原因で奥歯の歯ならびが後々崩れることはあります。)
なぜなら、乳歯が抜けたあとにはえてくる奥の永久歯は乳歯より小さいので、余裕を持って並ぶことができるのです。
したがって、よく噛んでさえいれば、奥歯は乳歯から永久歯に生え替わりながら、自然にきちんとかみ合ってくれます。

抜かないためには早く治療を開始

それに対し、前歯は乳歯より永久歯の方が遙かに大きいので、十分にあごが成長していなければ綺麗に並ぶことができません。
前歯4本と奥歯(ただし犬歯を含む)では、生え替わりの時期に数年のタイムラグがあります。
前歯の歯ならびが悪くなり始めた段階までに治療を開始し、奥歯が生え替わる前に並べておけば、あとは勝手に奥歯が並んでくれます。
ただし、上あごは乳歯しかない時期までに大きく成長し、その後成長速度が遅くなってしまいます。
したがって、上の前歯(特に糸切歯:犬歯)に関しては、乳歯がしっかりしているうちから治療を開始するべきです。

 

矯正歯科治療は、よいかみ合わせを実現するために、少しでも早く開始することが重要です。
せめて、『前歯の歯ならびが悪くなりそう』という段階で開始することが極めて大切です。
矯正治療が必要かどうか少しでも不安があれば、是非すぐに診せていただくことをお勧めします。
適切な治療方法・予防方法をアドバイスさせていただきます。